とっても長文です。
今の気持ちを残しておきたいと思いますので、書きました。
なぜ私が薬学部に行ったかというと、高校のときの母の一言。
「薬剤師は給料いいよ~。資格があるから、結婚しても働けるし。」
田舎の公立で小・中・高と進んだ私。
薬剤師の仕事なんて一つも知りませんでした。
病院もめったに行かないし、誰が薬剤師かなんて意識したこともない。
とりあえず英語が好きだし、英語の先生にでもなるかな~と、身内に学校の先生が沢山いた私にとって、先生以外の職というものを全くといっていいほど意識していませんでした。
父は高校の数学の教師。
母は中学の英語の教師を辞めて、私が生まれたころはすでに父の実家の旅館(といってもビジネス客用の旅館。今でいうビジネスホテル?)のおかみになっていましたが、私は末っ子だし、兄もいるし、継ぐなんてことも関係ないと思っていました。
たまたま高校で数学や化学の点がよく、国語が苦手。
女子がよくいく理系で、私のレベルでチャレンジできそうな学部というのが薬学部で、なんとなしに志望するようになりました。
マークシートの一次試験の成績が良かったお陰でチャレンジ校に合格することができ、晴れて薬学部生に。
だけど、勉強はちんぷんかんぷんなことも多く、薬学といっても基礎がメインでした。
(生物学とか、薬理学とか、生理学とか)
大学時代も、1,2年の間はディズニーランドのバイトにはまり、3年になると実習がメインになってくるので、授業もそれなりに熱心に聞くようにはなりました。
私たちのころは、就職といえば、製薬会社などの研究職や開発職がメインで、私も製薬会社の開発に就職が決まりました。
薬剤師の国家試験は、私たちの大学の場合、2月ごろ卒論発表が終わってからの受験勉強でしたから、本当に試験のために勉強できたのは1ヶ月半くらいです。
それでも、ほぼみな合格していました。
製薬会社での開発の仕事は、これから世にでる新薬の臨床試験に関わる仕事で、医師に治験薬を使っていただき、データをもらい、まとめて解析して、厚労省に申請し、認可をもらうというものです。
私は、自分が担当している薬のことや、仕事のやり方、外勤、社内での上司・同僚などとの関わりなどでいっぱいいっぱいで、新薬が世にでて、患者さんのためになるんだ!なんて喜びを感じたことはありませんでした。
7年半勤めさせてもらい、化粧品関係の仕事がしたいと思いました。大学のころ、就職先に化粧品会社に希望もしたのですが、教授が勧めてくださったところでは、勤務地が大阪で研究職になるなどと言われ、断りました(東京で働きたかったのです)。他に特に自分で動くわけでもなかったので化粧品関係はあきらめたのですが、やはり、女性がきれいになる仕事っていいなと思い、まずはデパートの美容部員の面接を受けてみました。
しかし、そこはだめでしたが(断られた理由は今すぐ来て欲しいけど、私の場合は会社退職の時期が2ヶ月先であるから。でもやっぱり容貌かしら(汗))、縁あって、実家の近くの薬局に勤めさせていただくことになりました。
そこでは、自然派の化粧品も扱い、また、漢方や健康食品などで、お客様の健康をサポートする、いえ、取り戻す、ということを一生懸命されていました。
そこでの経験が今の私にとても影響しているでしょう。
もう一つかけもちで、調剤薬局のバイトもしていました。
そこは、処方箋枚数も多く、薬剤師の数も多かったですが、ひたすらスピードと正確性にかけていたという所でした。
それも大切なことですけどね。
私は、お店にこられた方とじっくりお話して、その方の調子がよくなること、元気になることを目標にして、勉強し、漢方やサプリメント、あるいはトラブル肌のために化粧品を選んであげる薬局に魅力を感じました。
調剤薬局での薬剤師の仕事は、確かに大変です。
薬剤師は誇りを持って仕事をしていいと思います。
患者さんが正しく薬を服用するために、もちろん間違えてはいけないし、コミュニケーションも必要になります。
しかし、特に田舎だと薬剤師が不足していて、転職には困りません。
ですので、国家試験もストレートに合格せず、合格したかと思えば就職した調剤薬局の給料が少ないからと、1年も働かないうちに次のより条件のいい薬局に転職してしまうような薬剤師もいました。
そのための資格といえばそうですが、1年くらいで何がわかるんだろうと私はちょっと苦い顔をしてその子の話を聞いたものです。
結局、私は調剤薬局のバイトを半年でやめ(一応経験できたから)、相談薬局だけで働きました。
そこの店長はきびしい人で、2歳年上なだけでしたが、接客や、販売のことなど、いろいろと注意されたものです。
まだ相談を受けるレベルでない間は白衣ではなく、エプロンで主に化粧品の相談を受けさせていただいていました。
結局結婚のため一年半しかそこで勤めませんでしたが、今の土台になる良い時代でした。
しかし、結婚してからもまさか漢方相談薬局を自分がするなんて思いもしませんでした。
主人の会社は調剤薬局が主な収入源ですから、当然のごとく私も調剤薬局で働くと思っていました。
しかし、主人の会社では義父母が薬局以外に始めていた検査の仕事があり、主人は調剤薬局のほうをしているので、私は検査の仕事のお手伝い、というか、結局管理者になってしまいました。
検査の仕事は一年中あるわけでないので、暇なときもありました。
薬剤師の免許をもっていたので、申請すると衛生検査技師の資格がとれました(今はもうその制度はありません)。
しばらくは子育て中心で、忙しいときだけ検査の仕事を手伝ったというときがありましたが、義父の調剤でない薬局(昔ながらの)に長年勤めていた従業員さんがやめることになり、私が手伝うことにしました。
そして、去年の9月に移転とともにその薬局を漢方薬局として新装オープンさせたわけです。
しかし、正直見切り発車です。
もちろん、漢方の勉強もオープン前からずっとしていますが、まだまだ自分のものになっていません。
しかし、1年たち、少しずつお客様の改善が実感できてきて、やっぱり漢方の良さと身体の調子がいいということは大切なことだなとしみじみ感じます。
漢方薬は、新薬とちがって、自然界の中から生まれたものですので、なぜ私が漢方が好きなのかというと、食事の延長なような気がするからです。
生薬の中には桂枝(けいし:シナモン)、生姜(ショウキョウ)、陳皮(ちんぴ:ミカンの皮)などもあり、普段私たちが口にするようなものもあります。
そして、漢方は「医食同源」、「薬食同源」の考え方です。
私たちの身体は食べ物からできている。
そう思うと、食べるもの、食べることがとても大事なんだと気が付きます。
そして、食べ物に気を使っている人はとてもきれいな人だと思います。
私は、女性は笑顔が素敵で、きれいでいて欲しいと思います。
そのために薬剤師ができること。
薬の知識を増やして、食事の知識を増やして、一人でも多くの人に、身体の大切さ、食事の大切さ、そして、養生の大切さを伝えていくことかなと思います。
これから自分たちが健康で、楽しく暮らしていくために、子供たちが健やかに幸せに成長していくために。
素朴でも身体にいい食事、生活習慣などを広めていけたらいいなと思います。
自分もこれからさらに学びを始めます。
今まで行きたいと思っていた中医学の講座に2月から行くことにしました。
私とほぼ同じくらいの年の方が講師です。
エネルギッシュなパワーを沢山あびてきたいと思います。
マクロビオティックのことも、本を読んだり、通信講座を受けてみようと思っています。
自分なりに取り入れたいと思っています。
薬剤師って、失礼かもしれないけれど、職場によっては中途半端な立場に感じることが自分はありました。
ですけど、それは前向きに一生懸命仕事してなかった証拠なんでしょうね。
「この薬なに?」と言われて全ての薬を覚えて答えることはもちろんできませんけど、
「この薬剤師と話すとほっとする」なんて言われる薬剤師になりたいと思います。